【読書感想文】『イスラム教の論理』今だからこそ読む。

こんにちは、すばる(@lifegraph2357)です!

アフガニスタンの情勢を聞くに、非常に複雑な状況です。
ニュースを丸のみしてもあまり良くないんだろうと、飯山陽(いいやまあかり)さんの発信をみているとふと思ったわけです。

なので、飯山陽さんの著書『イスラム教の論理』を読みました。

注意

じぶんの立場;どの宗教、どの国が良い、悪いだとか、優れているとか言うものではなく、本で感じたこと書くものです。

結論

この本で、「イスラム教が本気で目指すところ」、「イスラム教徒が過激派を完全に否定できない理由」を知ることができました。

なぜこの本にしたのか?

イスラム教に関してまずはサラッと知りたいと思い、約200ページのこの本にしました。
あまり向上心が見えなくてすみません!

大学でもイスラム教についてのなにかしらの授業がありました。
しかし、記憶に残っていることはありません。

当時のじぶんを反省しつつ、この本を買うにいたりました。
飯山さんの分かりやすい発信のファンでもありましたし笑
約800円とお手頃。

印象的だった3つのこと

過激派の説教には納得できない理由

じぶんにはイスラム教についての知識はありません。
穏健派や反テロの宣言を聞くと、これまでの常識から納得します。
しかし、過激派のメッセージを聞くと、全く理解できません。

「なんでそんな論理になるんだ?」

ってなります。

それも当然で、イスラム教の知識がないから。
イスラム教の知識があれば、その説教にも一理あることが分かってくるという。

コーランに立脚してさえいれば、争いをけしかける内容でも正しいというのがイスラム教です。

この事実は、学ばなければ知ることのないことです。
過激派と呼ばれる人が発信するメッセージでも、それをそうと知って聞くのと、変なこと言ってると聞き流すのとでは、大きな違いがあります。
アフガニスタンが今後どのような道を辿るのかは、じぶんのコントロールの範囲外なのでどうこう言いません。
しかし、背景にあるイスラム教の考えを考察しながら観察したいなと思いました。

世俗権力に迎合する穏健派に反感を持つ悪循環の可能性

イスラム教にはイスラム教の価値観があります。
そしてそれは西洋文化には相容れないものもあることは、イスラム教徒は理解しています。

傲慢なのは西洋なのかもしれません。
西洋文化によって規定されるこうあるべきに対して、穏健派は仕方なく合わせている部分もあり、それはジレンマです。

過激派はより一層過激に傾いていってしまうという。
穏健派によって過激派がさらに過激になってしまうフシもあることに驚きました。

まさに「逆効果」だということは、本書にしっかり書いてあります。
これも知識や思いやりが足りないことからくる間違いなのだと、反省します。

日本人が理解しにくいイスラム教。勝手に解釈して勝手に失望するのは傲慢。

「心の安定と世界平和に寄与するのが宗教だから、イスラム教もそうであるはず。」とこちらの願望をイスラム教に投影して理解したような気持ちになるのは勝手ですが、イスラム教はそれとはまったく異なるものとして厳然と存在します。

本書第3章より引用

少なくともじぶんは、聞いた話だけでイスラム教も目指すところは同じようなものだろうと思っていました。
引用したように、それはただの思いこみであって、その後の判断ミスを招くだけだということがわかりました。

イスラム教にはイスラム教の価値観があるということを理解しなければならないということを本書を通して心に刻みたいと思います。

最後に

もしこの記事が飯山さんに読まれたら、「そんなことは書いてない。」とばっさり言われそうで怖い。
じぶんの理解と印象に残った点を書いたつもりです。

日本で生きると、宗教とは距離をおくというか、意識をしない生活を送ることになります。

韓国に留学したときには、ごく普通に「お前の宗教は?」と聞かれ、まごまごした記憶があります。
そしてそのまま手を握られキリスト教会に連れて行かれ、歌を歌って、食事を食べさせられていました。
その後のあとくされはありませんでしたが、「そういうもん」と当時は理解し、日本との違いにびっくりしたものです。

本書を読んで、イスラム教を今までとは違った見方でも見れるようにはなれたかとは思います。

インドネシアに旅行に行ってみたくもなったし、イスラム教徒と話もしたいと思うようにもなりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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